心臓に鏡のかけらが刺さったようだった。雪の女王様に魅入られた少年のように。
少年は気づかなかった、とアンデルセンは書いた。かけらが刺さったまま世界を見るから、美しいものが醜く見えた。花を踏んで笑った。雪の結晶の完璧な幾何学に魅入られて、ゲルダの声が届かなくなった。冷たいものを冷たいと感じられなくなった。それが呪いだとは誰も教えなかった。
そうと気づいたのは、ずいぶんあとのことだ。あのときから何かが変わっていたと思い当たっても、原因は特定できなかった。痛みがどこから来るのか、なぜ特定の方向にばかり動くのか。走性のようなものだ、と思った。選んでいるわけではないのに、気づくとそちらを向いている。かけらの刺さった方角に引かれるように。
心の奥底に根を張ったまま抜けない。引き抜こうとするたびに奥へ沈む気がして、やめた。かといって忘れることもできない。ふとした瞬間に痛む。冬の朝の空気を吸ったとき。誰かの笑い声が遠くで聞こえたとき。窓に霜がおりた朝、光が屈折して虹をつくったとき。かけらが光に反応して、きらりと内側で光る。
快癒することなく、瘡蓋が剥がれても傷痕はのこったまま。指で触れると、まだそこにある。なくなっていない。かけらが胸の中で回転して、別の面が光を受ける。そうするとまた新しい痛みかたをする。同じ傷なのに、いつまでも新しい。ひとまずの落ち着きを取り戻すまでじっと耐えた。それが唯一できることだった。
物語の中では、ゲルダの涙がかけらを溶かした。温かい涙が胸の中まで届いて、少年は泣いた。泣いたことでかけらが目からも流れ出た。
良案がない。涙はとうに枯れた。誰かに聞いても良案は出なかった。自分で考えても出なかった。何年経っても出なかった。緘黙する。かけらはまだそこにある。光を受けるたびにきらりと光って、まだここにいると告げている。