風邪をひいた時に見る夢には特有の質感がある。輪郭がない。場面と場面の継ぎ目がない。さっきまで教室にいたのに次の瞬間には知らない川の前に立っていて、それを不自然だと思わない。思わないことが、起きてから怖くなる。
熱があると世界が一枚の膜を隔てたように見える。あえかな光が瞼の裏に散って、それが何の光なのかわからないまま眺めている。瀑布の音がする。滝のそばにいるのだろうか。けれど水は見えない。音だけが轟々と鳴っていて、身体が振動している。布団の中で汗をかいているだけなのに、全身がびしょ濡れの感覚がある。
鼻を啜る。啜った音が夢の中に入り込んでくる。川の音になったり、すすり泣きになったり、都合よく変換される。身体の信号が夢に翻訳されるその過程に、意思は介在しない。
はた、と目が開いた。天井がある。天井があるということは現実だ。
枕元にペットボトルと、剥き出しの錠剤が二つ並んでいた。出かける前に置いていったのだと思う。いつ出かけたのかは覚えていない。覚えているのは額に手を当てられたことと、あったかいな、と自分のことのように言われたことだけだ。あったかいのは当たり前だ。三十八度ある。
ペットボトルのキャップを開ける力がしばらく出なかった。出ないまま横になって、また膜の向こう側に引き込まれかけた。瀑布の音がする。今度は少しだけ、水が見える。
玄関の鍵が回る音がした。それが夢の中の音なのか現実の音なのか、判別がつかなかった。判別がつかないまま、足音が近づいてくる。床を踏む音が、夢の中では川を渡る音に変わりかけて、でも途中で変換が止まった。
起きてる?
声が聞こえた。それは夢の中に翻訳されなかった。
ペットボトルのキャップが開けられて、口元に寄せられた。喉を通る水は冷たくて、冷たさだけが確かだった。錠剤を舌の上に乗せられて、もう一口飲んだ。ありがとう、と言ったつもりだが、ちゃんと音になっていたかわからない。
手のひらが額に触れた。さっきと同じ手だ。さっきより少し冷たい。外から帰ってきたばかりの手だった。
まだあったかいね。
そう言われて、また目を閉じた。閉じた瞬間にまた引き込まれていくが、今度は瀑布の音がしなかった。水の音ではなく、台所で何かを温めている音がした。それが夢なのか現実なのか、もうどちらでもよかった。