閉まった。
目の前でエレベーターのドアが閉まった。ボタンの前に立っていた男の人と、一瞬だけ目が合った気がする。気がする、というのは、ドアが閉まりきるまでの隙間から見えた横顔が、こちらを認識していたのかしていなかったのか、判断がつかなかったからだ。
《開》のボタンを押してくれれば間に合った。私の歩幅で、あと〇・五秒あれば乗れていた。
立ち尽くす。エレベーターの階数表示が、3、2、1、と降りていく。その数字を見ながら、私はなぜか後悔していた。閉められたことにではない。自分が間に合わなかったことに。
私はドアを開ける人間だ。
エレベーターでもショップの入り口でも、後ろに人がいれば反射で押さえる。車椅子やベビーカーの優先エレベーターで誰かが待っていたら、自分は何も考えずに降りる。間髪入れずに、というのが正確で、考えてから降りるのではなく、見えた瞬間に足が動く。
当然のこととして体に染み込んでいる。いつからそうだったのかは正確にはわからないけれど、たぶん最初の記憶はハワイだ。
小学二年生の夏休み、家族でオアフ島に行った。覚えているのはビーチでも買い物でもなくて、ホテルのレストランに入るとき、ドアの前にいた背の高い男の人が、少しかがんで私にドアを開けてくれたことだ。
父にでも母にでもなく、私に。
レディファースト、という言葉は知っていた。でもそれが自分に向けられるとは思っていなかった。だってまだ子どもで、レディではなかった。私はまだ八歳の、日焼けして鼻の皮がむけている子どもだった。なのにその人は私をひとりの人として扱った。少なくとも私にはそう感じられた。
嬉しかった。大げさに言えば、一人前として認められたような気がした。
それが体に入った瞬間だったと思う。べつに「私もああしよう」と決意したわけではない。決意なんていう大層なものではなくて、ただ、ああいうことをする人間がいて、ああいうことをされた側はこんなに気持ちがいいのだ、ということが身体の深いところに落ちた。あとは勝手に体が覚えた。
だから、優先エレベーターの前でベビーカーを押して待っている人を見るたびに、なんとも言えない気持ちになっていた。
エレベーターが来る。ドアが開く。中には明らかに健常で、荷物も大きくない人たちが乗っている。ベビーカーの人が乗ろうとする。でも誰も降りない。
なんで乗ってるんだろう、と思っていた。
優先って書いてあるのが見えないのだろうか。見えているのに無視しているのだろうか。赤ちゃんを抱えてベビーカーをたたんで、それでも乗り切れなくて次のエレベーターを待つあの人のことが、視界に入っていないのだろうか。
正直に言えば、軽蔑に近い感情があった。ハワイの記憶のおかげで私の側にはそれが当然のこととしてインストールされていて、だからできない人のことが理解できなかった。怠慢だと思っていた。鈍感だと思っていた。
エレベーターの閉まったドアの前で、まだ立っている。
疲れていた。正確には、ここ二週間くらいずっと疲れていた。案件が三つ同時に炎上して、毎晩終電で帰って、朝はアラームの三十分前にメールの通知で目が覚める生活が続いていた。
今日はクライアントへの納品を終えて、帰るところだった。オフィスビルのエレベーターホールに着いたとき、すでに扉は開いていて、中にひとり立っていた。私は――歩いていた。歩いてはいたけれど、いつもの速度ではなかったと思う。頭の中がぼんやりしていて、エレベーターが開いているという視覚情報と、足を速めるべきだという判断のあいだに、ほんの少しの空白があった。
〇・五秒。
その〇・五秒のあいだにドアは閉まった。
閉めた人が悪意を持っていたとは思わない。「あ、誰もいないな」と判断して、〈閉〉を押しただけだろう。そこに私がいることに気づかなかったか、気づいたけれど私の歩く速度から「間に合わない」と計算したか、あるいは何も考えていなかったか。どれも等しくありえる。
私はそれを責める気持ちにはなれなかった。それよりも、自分の足が〇・五秒ぶん遅かったことのほうが引っかかった。
帰りの電車で座席に座った。いつもなら立っているけれど、今日は座った。座らないと倒れそうだった。目を閉じたとき、不意にあの優先エレベーターの光景が浮かんだ。
ベビーカーの人が待っている。ドアが開く。中の人たちが降りない。私はそれを見て、なんで降りないんだろう、と思っている。
なんで降りないんだろう。
ずっとそう思っていた。怠慢だと思っていた。鈍感だと思っていた。でも今日、たった〇・五秒の反応が遅れただけで私はエレベーターに乗れなかった。べつにぼんやりしていたわけではない。ただ疲れていて、疲れているといつもなら自動で動く身体のプログラムにわずかな遅延が入る。〇・五秒ぶんの遅延。それだけで、ドアは閉まる。
あのエレベーターの中にいた人たちも、全員がそうだとは思わないけれど、何割かは、そういう状態だったのかもしれない。
優先エレベーターだと気づいていなかったのではなく、気づく余裕がなかった。目の前にベビーカーの人がいることは見えていたかもしれないけれど、「見える」と「認識する」と「行動する」のあいだにある溝が、疲労で広がっていた。ふだんなら瞬時につながる回路に、〇・五秒ぶんの断線が起きていた。
そしてその〇・五秒を外から見たら、それは鈍感や怠慢と区別がつかない。
ハワイのレストランで私にドアを開けてくれたあの人は、きっと疲れていなかったのだと思う。あるいは、疲れていても体が動く種類の人だったのかもしれない。どちらにしても、あの一回の体験で私の身体にインストールされたプログラムは、二十年ちかく正常に動作してきた。エレベーターを降りる。ドアを開ける。道を譲る。ぜんぶ自動で、考える前に体が動いて、それを私は当然のことだと思っていた。
でも当然のことは、実は〇・五秒の余裕があってはじめて成り立つものだった。
余裕がないとき、人の体は動かない。動かないことを外から見ると、それは無礼に見える。無礼に見えるものを見て、私はずっと軽蔑していた。
そのことが、閉まったドアよりもずっと後味が悪かった。
帰宅して、靴を脱いで、電気もつけずにソファに倒れ込む。
明日はまたクライアントから修正の連絡が来るだろう。明後日も。その次も。しばらくはこの生活が続く。その間、たぶん私はいつもより〇・五秒ぶん遅い人間でいることになる。
エレベーターのドアを閉めた人のことを考える。あの人も疲れていたのかもしれない。あるいは何も考えていなかっただけかもしれない。どちらでもいい。あの人がどうだったかは、実はどうでもよくて、問題は、私がいままでの二十年間、「考えなくても体が動く」ことを自分の美徳だと思っていたということだ。
美徳ではなかった。余裕だった。
余裕のある人間が、余裕のない人間を裁いていただけだった。
スマホの画面が光る。メールの通知。見ないで画面を伏せる。
明日、優先エレベーターの前を通るとき、ちゃんと降りられるだろうか。体が動くだろうか。〇・五秒のうちに。
わからない。わからないけれど、わからないということがわかったのは、たぶん今日がはじめてだ。