手応えがないときは、わかる。
面接官の相槌が均等になった瞬間に、もう決まっている。序盤に「なるほど」が三回続いたら赤信号で、質問が業務内容から離れて「休日は何を?」に滑ったら完全に消化試合だ。今日は開始四分で休日の話になったから、かなり早い段階で試合終了していたと思う。
ありがとうございました、と頭を下げる。面接官が軽く会釈を返す。人事の女性がドアを開けて、こちらへどうぞ、と廊下に促す。ここからが本番である。
廊下に出て、案内されるままにエレベーターホールへ向かうふりをして、途中で曲がる。人事の女性は先を歩いているから、こちらが静かに逸れたことに気づかない。気づいたとしても追っては来ない。追う理由がない。不採用の人間が社内で迷子になったところで、それは警備の仕事だ。
三階の廊下を歩く。堂々と。ここで大事なのは速度で、速すぎると急いでいる人に見えるし、遅すぎると不審者になる。視察している役員ぐらいの速度というのがあって、それは普通に歩くよりほんの少しだけゆっくりだ。手は後ろで組む。あるテーマパークでは、後ろ手を組んで歩いていいのは王子と、あのねずみだけらしい。つまりそういうポーズだ。
すれ違う社員には軽く会釈する。知らない顔に会釈されると、人間はまず「知っているべき人かもしれない」と考える。これは本能だ。集団生活を営む霊長類の、序列確認の反射である。
若い社員を見つけた。デスクの配置からして、今年か去年の入社だろう。画面を見つめる横顔に、まだ慣れきっていない緊張がある。いい。
近づいて、少し屈む。
「頑張ってくれてるみたいだね」
相手が顔を上げる。目が泳ぐ。知らない顔だが、スーツを着ていて、会釈をされて、名前も知らない偉い人、という可能性を脳が高速で処理しているのがわかる。
「上の方でも、話題になってるよ」
肩をぽんと叩いて、歩き去る。振り返らない。振り返ったら格が落ちる。
エレベーターで一階に降り、エントランスを抜け、自動ドアの向こうに出る。五月の風がネクタイを揺らす。
さっきの若い社員は今ごろ、隣の席の先輩に「今の誰ですか」と聞いているかもしれない。先輩も知らない。知らないが、わざわざフロアに来て声をかける人間を「知りません」とは言いにくい。「ああ、たぶん本社の……」くらいの曖昧な返事になるだろう。そして数日のあいだ、その新入社員は少しだけ背筋を伸ばして仕事をする。
悪いことをしているとは思わない。不採用通知を出す会社に、社員のモチベーションをひとつ残して帰る。差し引きゼロだ。面接の交通費も出ないなら、これくらいは許されていい。
駅に向かいながら、スマートフォンを取り出す、――次の面接は木曜。