三十時間ぶりに帰った台所で、真島は鰤を卸した。
スーパーで半額になっていた四分の一の切り身を、まな板の上に据える。出刃は実家から持ってきたまま一度も研いでいない。背骨に沿って刃を入れるとき、いつもの角度が出なかった。指先が疲れている。途中で面倒になって、皮は手で剥いだ。
柵にした身を皿に並べたところで、なんとなくスマートフォンを構えた。照明は蛍光灯、皿は引っ越し祝いでもらった白い丸皿。醤油はキッコーマンの卓上瓶。
医師専用のSNSを開いて、「made sashimi at home 🐟」とだけ書いて投稿した。ここには同業者しかいない。
最初の通知はサンパウロの心臓外科医だった。
Bro, that’s a fracture, not a cut
次にベルリンの整形外科。
The tissue handling is giving me anxiety
一時間で通知は四十を超えた。誰かが写真を拡大して断面を赤いペンで囲い、“I would not let this man near my appendix” と書き添えている。
ソウルの胸部外科がハングルのあとに日本語を添えていた。
「こいつに執刀任せて大丈夫か?笑」
どの指摘も正しい。断面は粗く、繊維の方向を完全に無視している。皮の剥がし方に至っては供述を拒否したい。
真島はソファに沈んだままスレッドを眺めた。四十件のコメントのうち、鰤の味について触れている者は一人もいなかった。全員が断面の話をしている。
――こいつら全員、同じ目をしている。
それは悪口ではなかった。世界のどこにいても同じ一点を見てしまう人間が、ここには何万人もいる。その事実がすこしだけ心地よかった。
通知がまたひとつ増えた。シカゴの脳神経外科医が、自分の台所で卸したらしい鮭の写真を貼っている。Solidarity と一言だけ添えられた断面は真島の鰤と同じくらいひどかった。
真島は鰤を口に入れた。繊維がばらけて歯に当たる。
明日も十時から僧帽弁の置換がある。返信欄に親指を立てた絵文字をひとつ置いて、真島は通知を閉じた。