雨は地に恋して落ちてくる。
誰が言ったのか知らない。知らないまま覚えている。雨の日に思い出す言葉がひとつあるというのは、悪くない。窓を打つ音を聞きながら、恋して落ちてくるのか、と思う。そうだとしたら雨は毎回片道で、地面にぶつかって終わる。また空に昇って、また落ちてくる。何度でも。懲りないものだ。
雨の夜は少し冷える。窓を薄く開けていると、湿った空気がそのまま入ってくる。
夜涼、という響きが好きだった。夜の涼しさ。夏の終わりに使う言葉で、今がその季節かどうかは関係なく。やりょう。二音目の伸びが、夜の空気を含んでいる。
雨の音で夜涼を思い出すのは、雨が気温を下げるからだろうか。暗渠を流れる水の音がかすかに聞こえる夜がある。地下に埋められた川だ。見えないのに、耳を澄ませると水が動いている。雨の日は水量が増えて、音が少しだけ大きくなる。
ここ最近は車の音でかき消されることが多い。雨の日は特に。タイヤが水を巻き上げる音は雨音とは違う。雨は地に恋して落ちてくるが、車は地面を蹴って走り去る。同じ水でも扱いが違う。
雨の夜はひとりでも不自然ではない。何も解決はしないが、聴いていることに理由がいらない。恋して落ちてくるものに付き合っているだけだ。