「もうさ、なんで密閉袋に入れないかな。湿気っちゃうでしょ」
流しで洗い物をしていた母が、蛇口を止めもせず首だけこちらに向ける。
「えー? 湿気る? ハサミで開けて、輪ゴムで止めて、冷蔵庫。それでいいと思ってた」
「だめだよ。だめに決まってるでしょ、ここイギリスじゃないんだから」
「イギリス?」
「湿度! 日本の湿度をなめないでって話」
母は「へえー」と言って、濡れた手を腰のタオルで拭いた。新しい学説を聞かされている学生のような顔をしている。反省の色はない。
「でもさあ」と母は言った。「クッキーとかポテチとかさ、開けた瞬間がフィーバータイムじゃない? あとはもう時間消化みたいなもんでしょ。だったら多少湿気ってたって別によくない?」
フィーバータイム。初めて聞く食品保存の理論だった。
だが母はもう蛇口を開けて皿の続きに戻っている。こちらの手には、輪ゴム一本に命運を預けられたコーヒーの袋。冷蔵庫の中でひと晩、律儀に湿気を吸い続けたであろうそれを、黙って密閉袋に移し替えた。
密閉袋の口を閉じ、冷蔵庫に戻して振り返ると、流しの脇で今朝の目玉焼きを焼いたらしいフライパンが、たっぷりの水に浸かっていた。
「……それ、熱いうちに水つけるとテフロン剥がれるよ」
「えー? 汚れ落ちやすいじゃん」
この家の台所では、あらゆるものが必要以上に水に浸かっている。