テレピンの瓶から、いつもより多めに油を皿に注ぐ。指先がそれを覚えてしまっていて、注ぎ口を傾けたまま、数秒。瓶のふちで透明な膜が震えて、それから皿の底に落ちる。匂いは昔より弱い。鼻が慣れたのではなく、油そのものが薄まっている、ような。たぶんそんなことはないのに。
絵の具をほんの少し、画筆の腹に取る。コバルトブルー。チューブの口から押し出される量は、米粒ひとつぶんもない。それを油に溶く。ぐるぐると皿の上で円を描いていると、青はみるみる広がって、皿全体がうっすらと水色になる。水色とも言えない、青の気配みたいなもの。それを画布に乗せる。
画布は白い。乗せたあとも、ほとんど白いままだ。
賞を取ったのは三十二の年で、そのときの絵はもっと厚かった。ナイフで盛りつけた絵の具がまだ乾ききっていない状態で会場に運ばれて、開会の前日まで匂いがきつかったと記憶している。審査員のひとりが、あの絵は触れたら指が沈むと冗談を言った。実際、彼は会場で一度、無意識にだろう、画面に手を伸ばしかけて、止めた。
あれから二十年と少し経って、わたしの絵はずいぶん軽くなった。重さの話ではなく、見た目の話で、画布のキャンバス地が透けて見えるようになった。最初は意識してそうしたわけではなかった。ある時期から、絵の具をチューブから押し出す量が、少しずつ減っていった。減ったというより、たくさん出すと、なんだか違うと感じるようになった。指の方が先に、これくらい、と決めるようになった。
きっかけがあったのか、と訊かれたことが何度かある。画廊の女性、批評家、それから、もう会わなくなった人。わたしは答えに困った。困った顔のまま黙っていると、相手は気を使って別の話に移してくれた。本当に、思い当たる出来事がない。母が亡くなったのも、姉と疎遠になったのも、それぞれ別の年で、絵の薄まり方とはどうも符合しない。きっかけがないことが、いちばん不安だった時期もある。理由のわかる衰えなら、まだ怖くない。
去年の個展に出した十二点のうち、九点はほとんど白かった。タイトルを「冬の手紙」とか「水のかたち」とか、そういう情緒的なものにしようと画廊から言われて、わたしは断った。番号だけにしてもらった。一から十二まで、ただ番号がついた絵が並んだ。
初日に来てくれた古い友人が、ひとつの絵の前でずいぶん長く立っていた。彼はもともと寡黙な人で、感想を求めると、ただ、いいね、と短く言うのが常だった。その日も同じだった。いいね、と言って、それから、けれどあなたはもう、自分の絵を描いていないかもしれない、と続けた。
責めているのではない口調だった。観察を述べているだけの声だった。わたしは、そうかもしれない、と答えた。答えながら、けれどわたしの内側のどこかが、いや、これがわたしの絵だ、と小さく言った。その小さな声は、絵の白さによく似ていた。
絵の前で長く立つ人と、すれ違うように出ていく人と、両方いた。ある若い男性が、これは未完成ということですか、と画廊の人に訊ねたという話を、あとで聞いた。画廊の人は、いえ、完成しています、と答えてくれたそうだ。わたしはそのやり取りを伝え聞きながら、未完成、という言葉について少し考えた。完成と未完成のあいだには、本当は厚みのちがいしかない。塗り重ねれば完成に見え、塗り足りなければ未完成に見える。それなら、わたしの絵はずっと、未完成のなかに住んでいる。それでも構わない。
買い手は、三点ついた。九点ではなく、三点。残りは画廊の倉庫に戻った。倉庫に並べられた自分の絵を、引き上げに行った日の午後に見せてもらった。立てかけられた九枚の白い画布は、棚の蛍光灯の下でほとんど画布の地と区別がつかなかった。これはもう絵ではないのかもしれない、と一瞬思った。けれど、思ったすぐあとに、それでもいい、とまた思った。思いの順番が、年々早くなっている。
今日、皿の上で薄められているのはコバルトブルーだ。これを画布に置く。置いたあと、しばらく座って眺める。アトリエの窓から差してくる午後の光が、画布の右下のあたりにだけ、かすかな青を浮かばせている。光が動けば、青も消える。消えたあとに、わたしの仕事の痕跡はほとんど残らない。
ふと、絵の具を取らずに、油だけを筆に含ませてみたくなる。手のほうが先に動いている。テレピン油を筆に吸わせて、画布の左上に、すっと一筆引く。なにも見えない。けれど画布はたしかに、そこだけ油を吸っている。指で触れれば、わずかに湿っているはずだ。匂いだけが、そこに何かが置かれたことを伝えている。
これは絵か、と自分に確かめるように呟いてみる。声に出した瞬間、確かめなくていいことに気づく。確かめても、確かめなくても、わたしの手はもう、これ以上厚くは塗れない。
階下から、玄関の音がする。週に一度だけ、姪が様子を見に寄ってくれる。彼女はいつも、アトリエに上がってくると、新しい絵ですか、と訊いてくれる。わたしは、そう、と答える。彼女は画布の前に立って、しばらく見て、それから、きれいですね、と言う。きれい、という言葉を、彼女は本当にそう感じて言ってくれている。彼女には、わたしの絵の薄さが、薄さに見えていない。たぶん、ただの白さに見えている。それでいい。
階段を上がってくる足音が近づく。わたしは皿の上の青を、もう一度ゆっくりかき混ぜる。色は、ほとんど水と区別がつかなくなっている。けれど、たしかにそこに、青はいる。