うちのママは絵が下手だ。
下手、というのもちょっと違う。絵心がないとか、不器用とか、そういう話ではなくて、もっと手前のところで何かが絶望的に噛み合っていない。たとえば、立方体が描けない。 四角に何かをつけ足すと立方体になる、ということ自体はわかっているらしい。「四角でしょ、そこに何かこう、つけるんでしょ」と言いながらペンを構える。でもそこから先に進めない。何をつけるのか。なぜそれをつけると立体に見えるのか。その二つが永遠にわからない。だから手が止まる。四角を描いたあと、しばらく宙を見つめて、やがて斜めに線を一本だけ足す。本人としては何かを試みたつもりらしい。四角から線が一本生えた何かが紙の上に残る。立方体には見えない。旗にも見えない。ママは「まあいっか」と言ってペンを置く。
私は絵を描くのが好きだった。好きだったし、たぶん得意だった。少なくとも夏休みの宿題に絵を選ぶ程度には好きだったし、廊下に貼り出されたとき「けっこういいじゃん」と自分でも思える程度には得意だった。この能力がどこから来たのかはわからない。少なくともママからではない。
で、あの日のことだ。
夏休み明けに提出した絵を、クラスの男の子に指さされた。「おまえ、これお母さんに描いてもらっただろ」小学生の男の子が女の子にちょっかいを出すときの、あのお決まりの顔をしていた。でも私は笑ってしまった。声を出して、お腹を押さえて、しゃがみこむくらい笑ってしまった。だってそうでしょう。うちのママだよ。立方体が描けないあのママに、これを頼むの。頼んだが最後、画用紙の真ん中に四角と線が一本ある絵が出来上がるよ。
私があんまり馬鹿馬鹿しそうに笑うものだから、その子はだんだんつまらない顔になって、「なんだよ」とか小さく言って、どこかへ行ってしまった。からかったつもりが相手にしゃがみこまれたら、そりゃ気勢も削がれるだろう。ちょっと気の毒だったかもしれない。でも仕方ない。本当におかしかったんだから。
それで、ここからがいちばん大事なのだけど。
書道の宿題は、ママに書いてもらっている。私の普段の字はなかなかひどかった。ノートの文字はバランスが悪くて大きさも揃わない。連絡帳を見た先生に「もうちょっと丁寧に書こうね」と言われたことが何度もある。
ママはおそろしく字がきれいな人だった。筆を持つと別人みたいに背筋が伸びて、墨を含ませた穂先がためらいなく紙の上を走ると、そこに出てくる字はもう、小学生のものではぜったいになかった。立方体がどうしても描けないあの手が、筆を持った途端にこれを書く。同じ手だとは思えなかった。なのに、先生も気づかなかった。あの男の子も気づかなかった。私がぜんぶ自分で描いた絵のほうを「お母さんだろ」と疑って、ママが隅から隅まで書いた書道のほうは、一度も疑わなかった。
人の目って、そういうふうにできている。あるいは、うちのママが、そういうふうにできている。