気持ちが良すぎると、眉を顰め少し苦しそうな顔になる。なぜだかはわからない。快楽は快楽のはずなのに、表情だけ見れば痛みと区別がつかない。目を瞑って、眉間に皺を寄せて、唇をきつく引き結んで、それからふっと力が抜ける。その一連を見ているのが好きだった。好きだと言うと気持ち悪がられるから言わなかったが。
鯖を買って帰った。
二尾で三百八十円、脂の乗った真鯖。味噌煮にするつもりで生姜を刻んでいたら、玄関の鍵が回る音がした。ただいまより先に台所を覗き込んで、鍋を見て、なに作ってんの、と聞いてくる。鯖の味噌煮、と答えると、ふうん、とだけ言って着替えに行った。期待しているときほど素っ気ない。もう知っている。
落し蓋をして弱火にしてから、米を研いだ。味噌汁の出汁を引いて、冷蔵庫から小松菜を出した。献立としては地味だ。地味なものを丁寧に作りたい夜だった。
食卓に並べると、向かいに座って手を合わせた。箸を割る。割り方がきれいだ。真ん中からまっすぐ、繊維に沿って割れる。それだけのことがいちいち目につく。
鯖をほぐして口に運んだ瞬間、来た。あの顔だ。目を閉じて、少し黙って、眉間にかすかに力が入る。何か言おうとして言葉が追いつかない。母音を引きずったような音が漏れて、ようやく我に返る。
うまい。
一言だけ。箸を止めずに二口目にいく。こちらを見ない。こちらを見ないから、好きなだけ見ていられる。小松菜を噛む音が静かにする。一粒も零さず口に運ぶ指先の丁寧さを、食べ終わるまでずっと見ている。
味噌汁を啜って、ごちそうさま、と言った。少し間があいて、生姜きいてた、と付け足した。きかせたのだから当たり前だ。当たり前のことを口にするのは、本当にうまかったときだけだと、これも知っている。
食器を下げるとき、鯖の煮汁が皿に残っていないのを見た。全部さらっている。行儀が悪いとも思うし、作った側としてはこれ以上の褒め言葉もない。
苦しそうな顔をしてくれ。もう一回。そのために明日も何か作る。不純な動機だろうか。だとしても構わなかった。