2026.05.20

赤字

サイト限定

3,553文字 約6分

朝、原稿を開く。コーヒーより先にファイルを開く癖はいつからか覚えていないが、たぶん編集の仕事を始めた頃からではなく、もっとあとだ。読むことが作業になってからだと思う。

今日の原稿はライターの中沢が書いたインタビュー記事で、飲食チェーンの創業者が業態転換について語るという、まあ、よくある構成のものだった。中沢の文体には癖がある。体言止めを多用する。接続詞が少ない。一文が短く、意味の切れ目と文の切れ目が一致しない箇所がときどきある。読む分にはリズムがあるように見えるが、編集の目で追うと、そのリズムが情報の欠落を隠していることがわかる。

赤を入れる。体言止めをほどいて述語に戻す。接続を補う。一文が短すぎるところは結合し、長すぎるところは割る。中沢の原稿が少しずつ自分の手元に寄ってくる。この作業を「直し」と呼ぶこともできるし、「調律」と呼ぶこともできる。自分では何とも呼んでいない。ただやっている。

三十分ほどで最後まで通す。画面をスクロールして冒頭に戻ると、もう中沢の文章ではなくなっている。中沢の取材内容が、自分の文体で再配置されたものがそこにある。中沢はこれを嫌がらない。嫌がるライターもいるが、中沢は「読みやすくなってる」とだけ言って通す。たぶん、自分の文体にそこまで執着がないのだと思う。

原稿を閉じて、TLを開く。

ここでもやることは同じだ。正確には、同じだと思ったことはない。意識して比べたことがないから同じとも違うとも思わない。ただ、TLを開いたときの目の動きは、原稿を開いたときの目の動きと、おそらく似ている。

フォローは二百十四。リストは七つ。ミュートワードは数えたことがないが、たぶん六十前後ある。この数字はどれも何かの方針に基づいて決めたわけではなく、結果としてこうなっている。歯を磨いたあとに歯ブラシの角度を記録しないのと同じで、最適化の結果は覚えているが最適化の過程は覚えていない。

TLには今朝も読むに値するものがいくつかあり、読むに値しないものは表示されていない。当たり前だが、表示されていないものは認識できないので、「今日も不要なものがなかった」という感想すら持たない。ないものはない。

出版社の先輩が昨日上げた書評を開く。目で追いながら、自分ならこの文をどう書くかを考えている。先輩の文体は嫌いではないが、助詞の選び方に甘いところがある。「における」が多い。読みながら、頭の中で赤を入れている。先輩に提出するわけでもない赤を。

これは癖だ。仕事の外に漏れ出した癖。他人の文章を読むとき、自分の文体に翻訳しながら読む。翻訳しないと意味が入ってこないわけではない。たぶん、入ってくる。ただ翻訳したほうが速い。あるいは、翻訳しないという選択肢を検討するより先に翻訳が終わっている。

これを人に話したことはない。話す必要がないから話さないのであって、隠しているわけではない。

木戸から連絡が来たのは木曜の昼で、社食でカレーを食べているときだった。

木戸とは大学の文芸サークルで一緒だった。サークルといっても部室で本を読んで感想を言い合う集まりで、作品を書いていたのは十二人中三人くらいしかいなかった。木戸はその三人のひとりで、自分はどちらかというと他人のテキストに意見を言う側だった。今思えば最初から編集者だったのかもしれないし、今の仕事が過去の記憶を再編集しているだけかもしれない。どちらでもいい。

LINEの通知に木戸の名前を見たとき、最初に思ったのは「木戸って今なにしてるんだったか」だった。最後に会ったのは二年前か三年前で、共通の知人の送別会だった気がする。年賀状は送っていない。SNSではつながっているはずだが、木戸の投稿がTLに出てきた記憶がない。ミュートした覚えもない。ただ、アルゴリズムか、あるいは自分のフォロー構成の結果として、木戸は自分のTLの外にいた。

メッセージは簡潔だった。来週の土曜、サークルのOBが何人か集まる。来るか。場所は高田馬場。

行く理由はとくになかったが、断る理由もなかった。「行く」と返した。

土曜日、高田馬場の居酒屋に着くと、木戸ともうひとり、名前を思い出すのに数秒かかった水島という男がすでにいた。木戸は少し太っていた。水島は変わっていなかった。こういう差は何に起因するのか、一瞬だけ考えて、やめた。

最初の一時間は大学時代の話をした。共有されている過去があると会話は楽だ。同じ記憶の別のアングルを出し合う作業は、ゲラの突き合わせに似ている。事実関係の齟齬はあるが、大筋は一致している。その安心感で酒が進む。

変わったのは二時間目からだった。

木戸が、ある話題を出した。

何の話だったかは、正確に書くと主旨がそちらに引っ張られるので書かない。政治でも科学でも社会問題でもよい。大事なのは、木戸がそれを「当然共有されている前提」として話したことだ。ニュースの引用ではなく、意見の表明でもなく、天気の話をするように。「最近暑いね」と同じ重さで、その話題に触れた。

自分のTLに、その話題は存在しなかった。

存在しなかったという言い方は正確ではない。かつて存在していた可能性はある。存在していた時期に、関連するアカウントをフォローから外したか、関連するワードをミュートしたか、あるいは何もしなかったがアルゴリズムが非表示にしたか。いずれにせよ、今の自分のTLに、それはない。ないものは認識できない。認識できないものについて「知らない」とも「知っている」とも言えない。ただ、ない。

なかったものが、木戸の口から出てきた。

木戸の言葉を聞きながら、自分が何をしていたかというと、編集をしていた。木戸の発話を、頭の中で自分の文体に変換しようとしていた。いつもの癖だ。本を読むとき、TLを読むとき、原稿を読むとき、自分はつねに他人の言葉を自分の文体に翻訳しながら受け取る。

木戸の話が、翻訳できなかった。

語彙が特殊だったわけではない。論理が破綻していたわけでもない。ただ、その話を自分の文体に移し替えようとすると、土台がなかった。自分の文体で再構成するための前提知識、文脈、参照先が、自分の中にまったくなかった。翻訳元のテキストはあるのに、翻訳先の辞書がない。

中沢の原稿なら直せる。先輩の書評なら頭の中で赤を入れられる。TLに流れてくるテキストは、すべて自分の文体圏の内側にある。だから読める。だから編集できる。

木戸の言葉は、圏の外から来ていた。

 「……うん、まあ、そうなんだ」

自分が何か返したのは覚えている。たぶん相槌を打った。中身のない相槌を。木戸はそれを同意と受け取ったかもしれないし、興味のなさと受け取ったかもしれない。どちらにしても会話は流れた。水島がビールを頼んで、話題は別のところへ移った。

帰りの電車でTLを開いた。

二時間見ていなかっただけで、未読がそれなりにたまっている。スクロールする。読む。読みながら翻訳する。出版関連のニュース、フォローしているデザイナーの仕事の写真、書評家の新刊紹介。すべて自分の文体で読める。すべて、圏の内側にある。

快適だった。いつも通り、快適だった。

ただ、その快適さを「快適だ」と意識したのは、たぶん初めてだった。

いつもは意識する必要がなかった。息を吸って「息が吸えた」と思わないのと同じで、TLを開いて「読めた」と確認する必要はなかった。今日はそれを確認している。読める。翻訳できる。全部、自分の文体の中にある、それを確認しなければならない時点で、何かがずれている。

何がずれているのかはわからない。わからないが、いつもと同じTLが、いつもと同じであることが、いつもとは違う見え方をしている。木戸の言葉がTLに紛れ込んでいるわけではない。ミュートもフィルタも正常に動いている。設計は壊れていない。壊れていないのに、壊れていないことを確認しているこの目が、いつもと違う。

電車が最寄り駅に着く。TLを閉じる。駅を出て、夜の空気を吸う。

明日の朝、また原稿を開く。中沢ではなく別のライターの、別の記事。それを自分の文体に引き寄せて、整えて、送り返す。月曜にはライターが確認して、たぶん「読みやすくなってる」と言う。

自分は、あらゆるテキストを、自分が読める形に編集しながら生きている。

それはたぶん、うまくいっている。

掌編 シリーズの他の作品

  1. 輪郭をなぞる
  2. 0.5秒
  3. 穴埋め
  4. 行きつけ
  5. 体質
  6. 密閉
  7. ご機嫌のゆくえ
  8. 秋の日は鶴瓶落とし
  9. 人肌は癖になる
  10. うちのママの絵
  11. 指定席
  12. 風邪をひいた時に見る夢
  13. 飽和食塩水
  14. 促音便
  15. 影送り
  16. 苦しそうな顔をする
  17. 頭を撫でる話
  18. 横溢
  19. 迷信に頼りたくなる日
  20. 懺悔する癖
  21. 雨は地に恋して落ちてくる
  22. 調律
  23. 督促
  24. 青切符
  25. 空にする
  26. 金曜日の六個
  27. 面接後の儀式
  28. 体操服
  29. 全員まる
  30. 右側の男
  31. 若竹色のラリエット
  32. 鏡のかけら
  33. 図々しい
  34. 走性
  35. 体温
  36. 馬鹿になる
  37. なくしたくない
  38. 正解の温度
  39. 北極星のままで
  40. 過淡
  41. ルブタン履いて外股の女
  42. 発泡ウレタンの日