職能として言葉を扱うようになって、余計にわからなくなった。身を投じるほど底が見えなくなる。
同じ言葉を何十回と口に出しているうちに、意味が剥がれて音だけになる。机、と十回言ってみる。つくえ、つくえ、つくえ。やがてそれは意味のない音の連なりになって、最初からこんな音だったかと首を傾げる。そこまで行くと、また最初から組み立て直す。
含蓄が深い、と人に言われることがある。褒められているのだと思う。でもこちらは含蓄のつもりではなく、ただ削りきれなかっただけだ。言いたいことの輪郭がつかめないから、周囲を何度もなぞる。なぞった線が重なって、厚みに見える。それを含蓄と呼ぶのなら、含蓄とは不器用さの別名だ。