火曜日のこと
火曜日の十一時四十分になると、自動ドアが開く。
革靴の踵がリノリウムに触れる音で、顔を上げなくてもわかる。スリッパに履き替える動作が丁寧で、脱いだ靴をきちんと揃えるのは、あの人くらいだった。
手塚さんが処置室のほうから顔を出して、「小野さん来た?」と訊く。来ました、と答える。院長が昼休みに入る前に滑り込む、いつもの流れだった。
小野さんはスーツの上着を畳まない。皺になるのを気にしない人なのか、あるいはそもそもそういうことに頓着しない種類の清潔さを持っている人なのか、判断がつかないまま六年が過ぎた。片手に紙袋を提げていて、中身は製品のパンフレットとサンプルだと思う。見たことはない。受付の仕事はそこまでで、そこから先は院長室の扉の向こうの話だった。
待合室を横切るあいだに、小野さんはこちらに軽く会釈をする。こちらも会釈を返す。それ以上の会話はほとんどない。何年も同じ場所で顔を合わせているのに、天気の話すらしたことがないのは、考えてみれば不思議なことだった。考えてみなければ不思議でもなかった。
小野さんの靴のサイズはたぶん二十六センチで、雨の日はビニール傘ではなく折り畳みを使う。お茶を出すと必ず飲み干す。院長室には平均して二十分いて、出てくるときの表情はいつもおだやかで、営業成績が良い日と悪い日の区別がつかない。
名前は知らない。
小野さんという名前なら知っている。ただそれは名前ではなく、小野薬品工業という会社の名前で、その区別を最初に誰が意識したのかはもうわからない。少なくとも受付で「小野さん、いらしてますよ」と内線を入れるとき、それが会社名であることを意識したことは一度もなかった。小野さんは小野さんだった。それ以上でもそれ以下でもない呼び方として、過不足なく機能していた。
名前の在処
藤川さんがパートで入ってきたのは秋口で、受付の仕事を一通り覚えたころに、その質問が出た。
「小野さんって、下のお名前なんていうんですか?」
カルテの整理をしていた手が止まった。止まったことに自分で驚いた。
「……ごめん、ちょっとわからない」
藤川さんは目を丸くした。六年もいる人がわからない、という顔だった。もっともだと思う。
「手塚さんは知ってますか?」
処置室にいた手塚さんに訊くと、手塚さんは点滴のチューブを摘んだまま天井を見た。
「小野さんは小野さんでしょう。ちひろちゃん何の話」
「いや、だから、小野さんのフルネーム」
「フルネーム?」
手塚さんが首を傾げるのを見て、藤川さんが変な声を出した。
「え、誰も知らないんですか?」
「だって名刺もらったことないし」
「院長先生は?」
「院長はもらってるでしょ、たぶん。名刺ファイルどっかにあったと思うけど」
手塚さんの「たぶん」と「どっか」に、知ろうとしたことがないという事実がにじんでいた。手塚さんはここに十二年いる。十二年間、小野さんの本名を必要としなかった。
結局その日は名刺ファイルを探すこともしなかった。探す理由がなかった。次の火曜日に小野さんが来れば「小野さん」で通じるし、通じないことは起きない。藤川さんだけが不思議そうにしていたが、翌週にはもう「小野さん来ました」と内線を入れるようになっていた。順応は早い。あるいは、名前で呼ぶというのはそもそもその程度の行為なのだった。
交代
年が明けて、火曜日に小野さんが来なくなった。
最初の火曜日は「今日来ないね」だった。二回目で「もう来ないのかもね」になった。三回目に、別の人が来た。
自動ドアが開く。靴の音が違う。スリッパの履き替え方も違う。靴を揃えない。受付の前まで来て、名刺を差し出された。
「小野薬品の者です。このたびこちらの担当になりました」
名刺には知らない名前が印刷されていた。視界に入ったはずなのに、読んだそばから消えた。
「お待ちしておりました。院長にお伝えしますね」
内線を取る。
「院長、小野さんいらしてます」
言ってから気がついた。この人はまだ一度も「小野さん」と呼ばれたことがないのに、もう「小野さん」になっていた。手塚さんが処置室から出てきて、新しい担当者を一瞥して、「小野さんの新しい人ね」と言った。「小野さんの新しい人」。人が入れ替わっただけで、椅子はそのまま残っている。名前が座席の番号のように機能している。
前の小野さんの顔を思い出そうとした。輪郭はわかる。穏やかな表情の印象も残っている。ただ目鼻立ちの具体的なところがもう曖昧で、それが六年分の蓄積に見合わない軽さだった。四百八十回くらいの保険証は一枚一枚正確に覚えているのに、四百八十回くらいの会釈は重ならない。顔と名前を覚えることが仕事だ、と思ってきた。でも小野さんには顔はあっても名前がなかった。いや、名前はあった。「小野さん」という、あの人のものではない名前が。
田中さん
桜が散ったあとの、よく晴れた火曜日だった。
待合室に見覚えのある男性が座っていた。スーツではなくカーディガンを着ていて、紙袋を持っていなかった。手には問診票と保険証を持っている。
受付に呼ばれて立ち上がったその人が近づいてくるあいだに、心臓のあたりが微かにざわついた。知っている。知っているのに、保険証を受け取るまでは「誰だったか」が出てこない。出てきたのは「小野さん」だったが、この人はもう小野さんではない可能性があった。スーツを着ていない、というだけでそう思った。
保険証を開く。
田中弘樹。昭和六十二年八月十日生まれ。三割負担。
田中弘樹。
その文字列にはなんの引っ掛かりもなかった。駐車場から見える電柱の住所表示くらい、目に入って、目を通り抜けた。
問診票に視線を移す。症状の欄に「咳が二週間ほど続いている」と書いてあった。字は丁寧だった。製品パンフレットの裏にメモを取る字が、こういう字だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。見たことがないからわからない。
「田中さん、こちらの問診票ご確認いただけますか」
そう呼んだとき、向こうがほんの少し間を置いた。聞き慣れない名前で呼ばれたような、一瞬の怪訝。それから小さく頷いて、ペンを受け取った。指先が紙袋の取っ手ではなくペンを持っているのを見て、奇妙な距離が生まれた。
会計は千三百二十円だった。お釣りを渡すとき、田中弘樹が受付のこちらを見て言った。
「お久しぶりです」
わかっていた。わかっていて、保険証に書かれたとおりに呼んだ。
「お久しぶりです」
小野さん、と言いかけた。口の手前まで来ていた。でも出したのは別の言葉だった。
「お大事になさってください」
田中弘樹は少し笑って、軽く会釈した。その会釈に見覚えがあった。火曜日の十一時四十分に待合室を横切るときの、あの会釈と同じ角度だった。
自動ドアが開いて、閉まった。
田中弘樹のカルテを棚に入れた。タ行。小野さんがいた場所とはまるで違うところに。
藤川さんが隣でレセプトを打ちながら、「さっきの患者さん、なんか見たことある人でしたね」と言った。返事をしなかった。
見たことがある、としか言いようがない人だった。顔は知っている。会釈の角度も知っている。靴を揃えるあの所作も知っている。けれどその人の名前を、六年かけて一度も知らなかった。今日はじめて知って、知ったことで、六年分の火曜日がいちどに遠くなった。
十一時四十分に自動ドアが開いた。新しい小野さんが入ってきた。靴を揃えなかった。
「小野さん、いらしてます」
内線を入れながら、受付の仕事というのはつまりこういうことなのだと思った。来る人に名前のラベルを貼って、帰る人からラベルを剥がす。ラベルの下の名前は見ない。見なくても仕事は回る。回ることのほうが、たぶん問題だった。