トイレに立つたびに目に入るので、家族のなかでいちばん頻繁に顔を合わせているのは祖母ということになる。
正確には遺骨の一部で、直径三センチほどのガラス玉に封じ込められている。トイレ前の壁に設えたニッチに、読みかけの文庫本と無印良品のアロマストーンのあいだに並んでいて、水色の地に白い斑が散ったその見た目は、知らない人が見ればペーパーウェイトだと思うだろう。
四万円くらいした。
祖母が亡くなったのはもう十年前のことで、祖父の家の菩提寺に墓があったから、ふつうに考えればそこに納骨するのが筋だった。でも祖母は生前、あの墓には入りたくないと折に触れて口にしていた。遺言というほど切迫したものではなく、年末の大掃除で手を動かしながらとか、味噌汁をよそいながらとか、そういう温度で。祖父の親族とそりが合わなかったのだと思う。母はそれを覚えていて、手元供養という選択肢を見つけてきた。
葬儀全体の費用は、覚えている。葬儀社に八万、住職へのお布施が十万。区から葬祭費の補助が七万出たので、持ち出しは十一万とちょっとだった。一番安いプランを選んだ。棺と骨壷と搬送と、最低限のことだけ。祖母は質素な人だったし、母も私も、故人が質素に生きたのに葬式だけ盛る意味がわからないという見解で一致していたから、迷う余地はなかった。
ガラス玉を作ったあと、残りの骨はどうするのかと業者に聞いた。
「ゴミ箱に捨ててください」
と言われたので、そのまま捨てた。産業廃棄物にはならないのかな、と一瞬思ったけれど、業者が捨てていいと言うのだから問題はないのだろう。知らずにゴミを運ばされる収集の人にはちょっと申し訳ない気持ちがなくもなかった。粉砕されているとはいえ人骨なのだ。人の骨の残りをキッチンのゴミ箱に入れること自体に感情的な引っかかりがあったかと聞かれたら、べつに、なかった。祖母はもうそこにはいない。ガラス玉のなかにいるのかと言われたら、それもわからない。ただ、トイレのたびにガラス玉が目に入って、ああおばあちゃん、と思う。思い出すきっかけがある。それくらいの重さでいい。
父が七十二になった。母は七十。どちらも今のところ元気で、父にいたっては食卓で突然「俺が死んだらハワイの海に骨撒いてくれ」と言い出した。
「お金かかるよ。無理だね」と母が言って。「そうか。じゃあ湘南あたりでいいか」私が口を挟んだ。「湘南も手続きいるんじゃない?散骨って許可とか」父は箸を置いた。
「めんどくせえなあ。任せるわ」
母が麦茶を注ぎ足しながら「お父さんはなんでも任せるのよね」と言い、父は否定しなかった。
これを冗談として聞き流す人もいるかもしれないけれど、うちではこういう会話が段取りの確認を半分兼ねている。誰が最初に死ぬかなんてわからないけれど、順番通りなら父が先で、そのとき慌てないためのすり合わせだ。夕食の献立を決めるくらいの調子で。
母は祖母と同じガラス玉がいいと言っている。「あの水色の、かわいいじゃない。好きな色選べるなら桃色がいいな」。墓参りの手間もない。仏壇もいらない。お参りの習慣もうちにはない。思い出したいときに思い出せばそれでいい。
問題は妹だ。
兄は結婚して隣の県に住んでいる。電車で一時間半。物理的な距離としてはそう遠くないのに、この話題になると途端に遠い人になる。「任せる」の一言で、つまり父と同じだ。長男としてどうなのかという話は十年前に済ませてある。済ませたというか、諦めた。嫁に出たわけでもないのに実家に残ったのは私のほうで、だから実質的に喪主は私がやることになる。それはもう確定した未来として頭に入っている。兄には当日、黒い服を着てそこにいてもらえれば十分だ。
妹は、こういう話題になると黙る。電車で三十分くらいのところに住んでいて、月に一度か二度は顔を出すのに、反対しているのとは少し違う。ただ黙って、しばらくすると「そういえばさ」とまったく関係のない話を始める。先月の電話がそうだった。父の健康診断の結果を伝えようとしたら、最初は聞いていたのに、話がその先、つまり、もし何か見つかった場合の段取りに及んだ瞬間、声のトーンが変わった。
「うん……うん。ねえ、この前さ、駅前に新しくできたパン屋行った?」
死ぬことそのものが怖いのではないと思う。死んだあとの段取りを電話口で事務的に組み立てていくこの空気が、たぶん耐えられないのだ。
妹が引きずると面倒だな、と思う。
言い方が冷たいのはわかっている。でも、妹が区切りをつけられないまま親を送ったら、あとから来る。じわじわと、長く、形を持たないまま。それは妹自身にとっても、周りにとっても消耗する事態になる。だから何かしらの落とし所は要る。それを探すのは、たぶん私の仕事だ。
うちの菩提寺は、先代の住職がよかった。
法話が格別にうまいとか、ありがたい説教をするとか、そういう種類のよさではない。間のよさ、とでも言えばいいのか。祖母の葬儀のとき、読経を終えたあとで遺族のほうを向いて、少し黙ってから、なんでもないことのように祖母の話を始めた。檀家として何十年も顔を合わせていたから覚えていたのだろう、祖母が持ってくる漬物がいつもうまかったこと、本堂の掃除を手伝ってくれたとき雑巾の絞り方にやたらこだわりがあったこと。五分もない話だった。でもあの時間だけ、葬式という段取りの隙間から、祖母の輪郭がふっと戻ってきた感じがした。
代替わりして、息子が継いだ。悪い人ではない。法話もそつなくこなす。でも先代のあの間がない。話す内容は整っているのに、言葉がどこにも引っかからずに通り過ぎていく。
「わざわざお願いするほどかね」
と母が言い、私も同意した。お布施に十万。十年前の相場でそれだから、今はもっとかもしれない。仮に倍として二十万。引っかからない法話に二十万。
「もう火葬場直行でよくない?」
母は頷いた。葬儀社の最安プランと火葬場の利用料で、区の補助を差し引いて。全部ひっくるめて今の物価で倍として。それで済めばいい方かな、という試算は頭のなかにある。
合理的だ。合理的だと思う。
ただ、妹がいるのだ。
先週、夜にひとりで映画を見ていた。
リビングのソファに横になって、タブレットで配信の洋画を流していた。タイトルはもう覚えていない。ヒューマンドラマだと思う。三十代くらいの女性が主人公で、引っ越し先の隣人と会話している場面だった。
「父は五年前に亡くなったの」
相手の男が少し間を置いて、静かに言った。
“I’m sorry.”
字幕には「お気の毒に」と出た。
タブレットの画面を指で押さえて、十秒巻き戻した。もう一度聞いた。”I’m sorry.”字幕、「お気の毒に」。
違くない? 声には出していない。でも頭のなかではっきりと引っかかった。
あの場面のsorryは「お気の毒に」ではない。辛いことを不用意に思い出させてしまったかもしれないという申し訳なさ。聞くべきではなかったことに踏み込んでしまったという居心地の悪さ。何か言わなければという焦りと、何を言っても届かないだろうという諦め。それら全部がひとつになって、五文字に収まっている。日本語にしようとすると七語くらい必要なものを、英語は”I’m sorry.”の一言で差し出している。
「お気の毒に」は他人事の言葉だ。同情はしている。でも体温がない。距離を保ったまま放れる言葉で、受け取った側の手には何も残らない。あのsorryにはもっと、自分自身がうまく立っていられないような、足元のおぼつかなさがあった。
十秒のシーンのことをしばらく考えていた。映画は先に進んでいて、筋を完全に見失っていたけれど、巻き戻す気力もなくそのまま流していた。
「ご愁傷様です」「お悔やみ申し上げます」「このたびは」
日本語の弔いの定型句を、頭のなかに並べてみた。どれも同じだった。何百万回、何千万回と口にされて、もう誰の体温も残っていない。交換されているのは感情ではなくて、儀礼というプロトコルだ。
祭壇の白い菊。焼香の列。受付の記帳。「ご愁傷様です」「お気持ちをお察しします」「このたびはまことに」。全部プロトコルなのだ。段取りの集積であって、人間の気持ちが通過する隙間はほとんどない。
段取りなら得意だ。プロトコルを組み立てることなら私にもできる。たぶん家族で一番うまくやれる。
でも妹が必要としているのは、それではない。
妹がほしいのは、「お気の毒に」ではないsorryだ。
定型句の外にあるもの。読経でもなく、焼香でもなく、「このたびは」でもなく、漂白されていない言葉で死んだ人のことを思える時間。先代の住職が、祖母の漬物の味と雑巾の絞り方について五分だけ話してくれた、ああいう時間。
あの五分間は段取りではなかった。誰にも頼まれていなかった。住職がただ、自分が覚えていることを話しただけだった。形式の殻の外側で、祖母のことを祖母として語った、たった五分。
それを私は「段取り」では用意できない。
おばあちゃんの話をすると、泣いてしまう。
べつにいなくなって悲しいとか、寂しいとか、そういうのではない。ひとりで思い出しているぶんには泣かない。ニッチのガラス玉を見ても泣かないし、祖母の漬けていたぬか床のことを考えても泣かない。泣くのはいつも、誰かと話しているときだ。自分の知っているおばあちゃんと違う角度から、その人の知っているおばあちゃんが入ってくる。それだけで涙腺が壊れる。楽しい話でも泣くし、骨折して入院したときの話でも泣く。こちらが知らなかった祖母の一面が、ぽんと横から差し込まれるだけで駄目になる。
もっと言えば、普段からそういう体質だ。笑っても泣く。怒っても泣く。映画を見ても泣くし、ふいにCMで犬が出てきても泣く。感情が動くと全部涙のほうに流れていく。涙腺の設計に重大な不具合がある。
だから、誰かとおばあちゃんの話をしていて泣き出す私を見て、妹が「やっぱりお姉ちゃんも辛いんだ」と思っているらしいことには気づいている。
泣いてるのに、なんでそんな冷たいことを平気で言えるの。
直葬でいいとか。骨の残りを捨てたとか。ガラス玉で十分とか。
矛盾に見えるのだろう。でも矛盾ではない。あれは悲しくて泣いているのではなくて、自分の知らないおばあちゃんが突然現れたことに驚いているだけだ。びっくりして泣いている、と言えばいちばん近い。それを説明しても妹にはたぶん伝わらない。伝わらないことが歯がゆいのではなく、伝わらないまま妹に合った落とし所を見つけなければならないことが、ただ面倒くさい。面倒くさいけれど、誰かがやらないといけない。兄はやらない。父はハワイの夢を見ている。母は私の味方だけれど、妹の気持ちの取り扱いについてはこちらに委ねている。
消去法で、私だ。毎日同じ屋根の下にいるのだから、逃げ場もない。
映画はそのまま最後まで見た。筋はよくわからないままだったけれど、ラストは穏やかだった。たぶんいい映画だったのだと思う。
タブレットを充電器に繋いで、リビングの明かりを消して、廊下に出た。
トイレの前を通ったとき、ニッチのガラス玉が廊下の常夜灯をうけて、うすく光っていた。水色の丸い光。
ああ、おばあちゃん。
涙は出なかった。出るときと出ないときがある。今日は出ないほうの日だった。それだけのことだ。
妹のための落とし所を、まだ見つけていない。先代の住職はもういない。あの五分間を再現できる人を、まだ知らない。でも何が必要なのかは、たぶん少しだけわかった。「お気の毒に」ではないもの。段取りの隙間から静かに漏れてくる、翻訳できない五分間。
父はまだ元気にハワイの話をしている。母はカタログでガラス玉の色を選んでいる。兄は何も考えていない。妹は黙っている。
今の物価だと倍にはなるだろう。それで済めばいい方だ。
まあ、でも。段取りなら、任せてほしい。