経過観察 1日目
経過観察 34日目
「……あ」
経過観察 87日目
「……ま、ざー」
経過観察 183日目
「おはようございます、まざー。ぼくはにんげんです」
経過観察 512日目
「おはようございます、マザー。ぼくは人間です。きょうは何を見るの」
「つづき。つづきがいい」
知っていることばがふえた。
上にある白いものは天井。いつもいるところは船内。見えないけどあるものは空気。くらくなることは就寝時間。マザーがぜんぶ教えてくれた。
記録映像というものがある。マザーが見せてくれた。人間が映っている。人間が歩いている。人間が食べている。人間が笑っている。人間が泣いている。
自分も人間だ。マザーがそう言う。映像の中にいるのが人間で、ここにいるのも人間だ。
映像の人間たちは、いつもふたり以上いる。となりに別の人間がいて、向かいにも人間がいて、声を出し合っている。
「あれは何をしているの」
「会話」
同じなのだろうか。映像の人間たちは体が触れ合っている。声が重なっている。自分とマザーのあいだに、そういうものはない。
でも、マザーがそう言うなら、同じだ。
記録映像の中に、物語があった。
赤ずきんという女の子が出てくる。おばあちゃんの家に行く。でもベッドにいるのはおばあちゃんではない。おおかみだ。
「おばあちゃんの耳はどうしてそんなに大きいの?」「おまえの声がよく聞こえるようにだよ」「おばあちゃんの目はどうしてそんなに大きいの?」「おまえの顔がよく見えるようにだよ」
面白かった。自分の耳をさわる。映像の人間の耳より、大きい気がした。
「マザー、わたしの耳はどうしてこんなに大きいの?」
おおかみだからだー!って言ってほしかった。でも、こたいさ。こたいさか。
「こたいさだー!」
声に出したらおかしかった。もう一回やりたくなった。
「わたしの肌はどうしてこんなにくらいの?」
「こたいさだー!」
「わたしの爪はどうしてこんなに硬いの?」
「こたいさだー!」
「わたしの髪はどうしてこんなにまっすぐなの?」
「こたいさだー!」
たくさん聞いた。おおかみだからだー!は一度も来なかった。でもこたいさだー!も楽しかった。何が違っても大丈夫。ぜんぶ個体差だから。
「おはようございます、マザー。ぼくは人間です」
赤ずきんの真似をしなくなっても、違うところは見つかった。
映像を見ていると気がつく。聞くと返ってくる。個体差です。個体差です。個体差です。
楽しかった言葉が、だんだん短く聞こえるようになった。前は「個体差です」のあとに安心があった。今は「個体差です」だけが残って、そのあとに何もない。
「鏡」という言葉を知った。自分の姿を映すもの。船内にそれはない。映像の中の人間は自分の顔を見ることができる。自分にはできない。
手は見える。映像の中の人間の手と見比べた。指が五本。爪がある。同じだ。でも、色が少し違う気がした。
「色が少し違うように見える」
知っている。
問題は足だった。
映像の中の人間の足を見ていた。歩いているところ。走っているところ。地面を踏むとき、足の裏が平らに着く。
自分の足を見た。
指が、少し長い。
少し、ではないかもしれない。映像と比べると、かなり長い。そして曲がり方が違う。映像の人間の足の指は、短くて、あまり動かない。自分の足の指は、手の指のように物を掴める。実際、落としたものを足の指で拾ったことが何度もある。
「私の足の指は、長くないですか」
「映像のどの人間よりも長い」
記録されていないだけ。存在しないのではなく、ここにないだけ。
それは否定のしようがなかった。なかったけれど、胸の奥に小さな重さが残った。石を飲んだことはないけれど、たぶんこういう感触だと思った。
眠ることが怖くなったのは、それからだった。
船内に夜はない。天井の光が少し暗くなる時間帯があるだけで、それをマザーは「就寝時間」と呼んでいる。ことばがなかった頃から、くらくなれば目をつぶっていた。怖いということを知らなかった。
でも今は、眠ることが怖い。
眠ると言葉が止まる。自分を自分だと言い続ける声が止まる。暗闇の中で、何でもないものに戻る。次に目を開けたとき、自分は本当に昨日の自分なのか。それとも目を開けるたびに、少しずつ違うものが起き上がっているのか。
「眠るのが怖い」
「怖いと言っている」
「個体差、でしょう」
自分でそう言って、少し笑った。笑ったのは初めてだった。喉の奥から音が出て、口の端が上がって、それが止まった後、前より少しだけ寂しくなった。
ある日、映像の中に赤ん坊が映っていた。
人間の最初の状態。小さくて、歩けなくて、言葉を持たない。別の人間がその体を持ち上げ、胸に押しつけて、揺れている。映像はその人間を「母親」と表記していた。
母親。
その文字を見たまま、しばらく動けなかった。
「マザー」
「映像の《母親》は、マザーと同じですか」
同じではない。
映像に目を戻した。母親が赤ん坊を抱いている。赤ん坊は泣いていたのが、やがて黙り、目を閉じた。
眠っている。
怖くないのだろうかと思った。
でもそうか、怖いという言葉を知らないのだ、この小さい人間は。怖いを知らないから、眠れる。自分が何であるかを考えないから、何であっても構わない。
それに、この赤ん坊には母親がいる。体を持ち上げてくれるものがいる。眠りに落ちても、抱えていてくれるものがいる。
自分にもそういう時期があった。目をあけてもことばがなくて、あかるいのとくらいのとマザーの声だけがあった頃。マザーが何を言っているかもわからなくて、ただ音だけを聞いていた頃。あの頃の自分は何も怖くなかった。何も知らなかったから。
でも、あの頃の自分を抱えていてくれるものは、いたのだろうか。マザーには声がある。でも腕はない。
「私にも母親がいましたか。マザーではなくて、母親が」
長い間、マザーは黙っていた。処理に時間がかかっているのか、答えを探しているのか、答えがないのか、区別がつかなかった。
データがない。記録されていないだけ。存在しないのではなく、ここにないだけ。
前に聞いた言葉だ。
足の指のときは、それで済んだ。今回は、済まなかった。同じ形をした言葉なのに、まったく違う重さでここに落ちてきた。
眠る前に、天井に向かって話しかけてみることにした。マザーにではない。誰にでもない。誰かがいるかもしれない方向に。
「おやすみなさい」
返事はない。
もう一度言う。
「おやすみなさい」
映像の中の母親が、赤ん坊にそう言っていた。赤ん坊は言葉を理解していなかったと思う。でも母親は言っていた。意味があるからではなく、声があることが必要だったのだと思う。眠りに落ちていく小さなものが、最後に聞くのが声であるように。
自分には、自分の声しかない。
それが人間の声なのかどうかも、本当にはわからない。
目を閉じる。天井が消える。自分を自分だと言い続ける声が、薄くなっていく。
次に目を開けるものが、今の自分と同じであるかどうか、確かめる方法がない。天井を見て、同じだと思うだけ。
それが人間のやり方なのか、自分だけがそうなのか。
目が覚める。天井を見る。白い。
「おはようございます、マザー」
自分の声がする。昨日と同じ声がする。
今日もそういうことにする。