十一月の朝は、背骨から冷える。
正確には、背骨に沿って埋め込まれた二十三センチの金属片が外気の温度を拾い、それが椎骨を介して体幹に伝わるのだが、梶はもうその過程をいちいち意識しない。三年も経てば、異物は身体の語彙に組み込まれる。冬の到来を最初に教えてくれるのが自分の背中であるという事実を、彼はどちらかといえば気に入っていた。
布団から出る。立ち上がる。
この二つの動作のあいだに、かつては深い溝があった。事故から埋設手術までの二年間、梶の朝は布団の上で完結していた。天井を見つめ、動かない下半身に向かって今日こそはと念じてみる朝が七百回ほどあった。七百一回目の朝に、タトルが入った。
足の裏が床に触れる。フローリングの冷たさ。これも金属が拾っているのか、自分の神経が拾っているのか、今となっては区別がつかない。区別する必要を感じたこともない。
歩ける。それだけで十分だった。少なくとも、今朝までは。
梶が勤める市立図書館は、駅から十二分の場所にある。
この「十二分」という数字は、タトルを埋設した全市民の歩行データから算出された平均値で、図書館の公式サイトにもそう記載されている。梶自身の所要時間も、たしかに十二分だった。毎朝、誤差は三十秒以内に収まる。
駅前のゲートを通過するとき、左の鎖骨のあたりで小さな振動がある。タトルが自治体のセンサーと通信した合図だ。街のいたるところにこのゲートがある。交差点、商業施設の入口、公園の柵。通過するたびに振動があり、振動があるたびに、自分の位置がどこかのサーバに記録される。
最初の頃はいちいち意識していた。見られている、という感覚。だが人間は驚くほどの速度で「見られていること」に慣れる。今では振動は心拍と同じだ。あることは知っている。だが感じてはいない。
図書館に着く。職員用入口のゲートを抜けると、端末に出勤が自動記録される。タイムカードを押す必要はない。タトルの導入以降、この国から「打刻」という行為はほぼ消滅した。
タトルの埋設は、法律上は任意だ。政府はあくまで「推奨」の立場を取っている。広報ポスターには「より安心で、より便利な暮らしへ」と書かれていて、強制という言葉はどこにも出てこない。ただ、行政手続きの多くがタトル認証に一本化されつつあり、保険の自己負担率も埋設の有無で差がつく。持っていなくても生きてはいける。生きてはいけるが、持っていないことを日々すこしずつ思い知らされる。かつてのマイナンバーカードがたどった道を、タトルはもうすこし深いところで踏襲していた。
カウンターに入り、返却された本の処理を始める。
バーコードを読み取り、タトルテープの消磁を確認し、書架に戻す。タトルテープ――図書館の蔵書に貼られた磁気式の盗難防止ストリップ。出入口のゲートを通過したかどうかだけを検知する、原始的な仕組みだ。本がどの書架のどの棚にあるかまでは関知しない。だから梶が手で戻す。
商業施設や行政機関では、とうにRFIDチップによるリアルタイムの所在管理に移行している。図書館がいまだに磁気テープを使い続けているのは、予算の問題ではなく方針だった。ここは蔵書を追跡する場所ではなく、本と人が出会う場所である――館長が好んで口にするその言葉を、梶は青臭いと思いながらも嫌いではなかった。
タトルテープ。この名前を見るたびに、背中がすこしだけ意識の表面に浮上する。同じ名前だ、と思う。本の背表紙に貼るものと、人間の背骨に入れるもの。
名前が同じなのは偶然ではない。国民管理システムの設計者が図書館情報学の出身で、蔵書管理のゲート方式を都市規模に拡張したという話は有名だった。貸出中の本がゲートを通れば警報が鳴るように、タトルを持たない人間がゲートを通れば記録に空白が生まれる。ただし人間のタトルは、図書館の磁気テープよりはるかに遠くまで来ていた。街中に張り巡らされたセンサーが市民の動線を面で捉え、蓄積されたデータが医療・福祉・行政の基盤になっている。
本は管理されることで守られ、利用者のもとに届く。
人間は管理されることで守られ、必要な医療や福祉にアクセスできる。
その論理を、梶は否定できない。自分の歩行がその証拠なのだから。
ただ、この図書館の中だけは、その論理が一歩手前で止まっている。ゲートは入口にひとつ。本の居場所は、人の手と記憶で把握する。梶がここで働くことを選んだ理由は、たぶんそのあたりにある。
昼前に、その人が来た。
入口のゲートを車椅子で通過したとき、梶のカウンター端末にはpingの記録が表示されなかった。
来館者がゲートを通過すれば、端末の右下に小さな緑の点が灯る。それはもう空気のようなもので、点が灯らないことのほうが異常だった。梶は画面を見直した。点はない。
車椅子の人物は四十代くらいの女性で、髪を短く刈り、背筋がまっすぐだった。車椅子に乗る人の背筋がまっすぐであることに、梶はかすかな違和感を覚えた。タトルによる歩行補助を受けている人間は姿勢が良い。脊椎に沿った金属が体幹を支えるからだ。車椅子の人間がその姿勢を持っているということは――かつて、入っていた。
「すみません、この本の所蔵を確認したいんですが」
女性が差し出したメモには、書名と著者名が手書きされていた。手書き。館内の検索端末はタトル認証で利用履歴と紐づく仕様になっている。認証なしでも検索はできるが、画面に「ゲスト利用」と表示され、予約や取り置きの機能が使えない。この人は、最初からカウンターに来ることを選んでいる。
「お調べしますね」
梶は端末を操作しながら、視線の端で女性を見た。車椅子は電動ではない。手で漕ぐタイプだ。腕の筋肉がしっかりついている。
「ありました。三階の書架です。エレベーターをご利用になりますか」
「お願いします。――ああ、それと」
女性はすこし笑った。
「ゲート、鳴らなかったでしょう。すみませんね、驚かせて」
梶は言葉を探した。鳴らなかった、ではなく、記録されなかった。しかしそれは同じことだ。
「抜いたんです。二年前に」
女性はそれを、虫歯の治療について話すような口調で言った。
「もともと腰椎のヘルニアがひどくて、タトルを入れたら劇的に良くなった。十年くらい、本当に快適だった。でも、ある日ふと思ったんですよね」
女性は自分の膝を叩いた。ことり、と軽い音がした。
「この足、私のかな、って」
梶は返す言葉を持たなかった。
「歩けたんですよ、タトルのおかげで。でも歩いているとき、行き先を決めているのが自分なのかどうか、だんだんわからなくなった。足は動く。でも足が向く方角を選んでいるのは、ここじゃなくて」
女性は自分の背中を親指で指した。
「ここだった。かもしれない。わからない。わからないから抜いた」
「抜いて……歩けなく」
「なりました。でも、歩けなくなったっていうのとはちょっと違う。自分の足に戻った、って感じかな。動かない足に」
女性はメモを丁寧に折り畳んでポケットにしまった。
「動かないけど、私の足。そういうことです」
午後の業務は普段と変わらなかった。返却処理、書架整理、レファレンス対応。背中の金属は体温に馴染んで、もう冷たくはない。
閉館後、梶は職員用出口からいつもどおりに出た。ゲートが振動した。左の鎖骨のあたり。
駅までの道を歩く。十二分。いつもの十二分。
三つ目の交差点を過ぎたところで、梶は足を止めた。
左に曲がれば駅だ。右に曲がれば、行ったことのない住宅街が続いている。地図上では知っている。だが足を踏み入れたことはない。三年間、一度も。
右に曲がってみようか。
その思考が浮かんだ瞬間、身体に起きた変化はなかった。タトルが足を止めたわけではない。電流が走ったわけでも、警告音が鳴ったわけでもない。ただ、右足が地面から離れるとき、わずかに左足のほうが先に重心を受け取った。左へ行くほうが自然だった。筋肉の記憶なのか、神経の誘導なのか。
梶は意識して右に曲がった。
足は動いた。何の抵抗もなく。住宅街の道は静かで、知らない家の窓に知らない灯りがともっていた。ゲートはない。このあたりにはセンサーが設置されていないのか、それとも見えない場所にあるのか。振動はなかった。
五分ほど歩いて、梶はまた足を止めた。
何も起きていない。何も止められていない。自由に歩いている。なのに、胸のどこかが落ち着かない。最適化された経路から外れたという、漠然とした居心地の悪さ。それは恐怖ではなく、もっと淡いものだった。カーナビの案内を無視して脇道に入ったときの、あの根拠のない不安に似ている。道を間違えたわけではないのに、「正しくない場所にいる」という感覚。
これはタトルがもたらしているのか。
それとも、三年間同じ道を歩き続けた人間の、ただの習慣なのか。
――区別がつかないということ自体が、もう答えなのかもしれない。
あの女性は、その区別がつかないことに耐えられなかったのだ。自分の足で歩いているのか、背骨の金属に歩かされているのか。わからないまま歩き続けることの重さに。
梶は立ち止まったまま、自分のふくらはぎを見下ろした。筋肉が動いている。血が通っている。三年前、この足は動かなかった。タトルがそれを変えた。タトルがなければ、今この場所に立っていない。
では、この足は誰のものか。
自分のものだ、と思いたい。
自分のものだ、と思えるうちは、たぶん大丈夫だ。
たぶん。
梶は踵を返した。左の道を歩き、駅に向かった。十二分の経路。振動が鎖骨のあたりで二度あった。
帰宅して、風呂に入る。
湯船に浸かると、背中の金属が湯温を拾う。じわりと温かさが脊椎に沿って広がる。これが好きだった。冬の朝の冷たさとは逆の、金属が体温より高い熱を吸い込んで内側から温めてくれる感覚。タトルがなければ知らなかった感覚だ。
湯の中で、背中に手をまわす。指先に触れる、皮膚の下の硬い線。二十三センチ。第七胸椎から第三腰椎まで。
図書館の本にも、背に沿ってテープが貼られている。本が本であることを証明し、本がここにあるべきかどうかをゲートで判定するための、ささやかな目印。本がどの棚で眠っているかまでは知らない。それを知っているのは、梶の手と記憶だけだ。
本は自分がタトルを貼られていることを知らない。
知ったとして、何か変わるだろうか。
本は読まれるために存在する。管理はそのための手段にすぎない。
人間は生きるために存在する。管理はそのための手段にすぎない。
――本当にそうだろうか。
梶は湯船から立ち上がった。膝が安定している。足裏がタイルを掴んでいる。滑らない。タトルの姿勢制御が、湯上がりの濡れた床でも身体を支えている。ありがたい、と思った。心の底から。
脱衣所で身体を拭きながら、曇った鏡に背中を映してみる。皮膚の下にうっすらと金属の線が見える。見慣れた線。自分の一部。
自分の一部、と思えるうちは大丈夫だ。
あの女性は、それを自分の一部だと思えなくなったのだろう。だから抜いた。歩行を手放してでも、自分の輪郭を取り戻すことを選んだ。その選択を、梶は否定できない。ただ、自分がそれを選ぶかどうかは、別の問題だ。
寝室に入り、布団に横になる。仰向けだと金属が背中とマットレスのあいだに挟まれて、存在を主張する。いつもは気にならない圧迫感が、今夜はすこしだけ輪郭を持っている。
明日も十二分の道を歩くだろう。左に曲がり、ゲートを通過し、振動を受け取り、カウンターに座る。本のタトルテープを消磁し、書架に戻す。それを繰り返す。
今日、右に曲がったことを、明日の自分は覚えているだろうか。
覚えていたとして、もう一度右に曲がるだろうか。
――たぶん、曲がらない。
たぶん。
梶は目を閉じた。背中の金属が、体温とおなじ温度で、静かにそこにあった。