千秋楽の翌日、劇場のドアは開け放されていた。舞台監督が美術を解体していて、奥のほうで金属がぶつかる音がする。客席は照明が半分だけ落ちて、十二列目あたりに、ひとり、人影があった。
律だった。
膝の上にノートパソコンを広げて、配信のリプレイを見ている。透は十列ほど後ろに立って、画面に映っているのが昨夜の自分だと気づくのに、数秒かかった。ライトの当たりかたが舞台で見たそれと違うので、別人みたいに見える。
「律」
声をかけた。律は振り向かなかった。画面を止めて、ある場面まで戻し、もう一度再生する。透はそれを後ろから黙って見守った。
「いい芝居だった」
律の声は、こちらを向かないまま、椅子の背もたれの上で揺れた。
「ありがとう」
透は短く返した。
「ここ、息継ぎちょっと早かったな」
律はノートパソコンの画面を指で叩く。透は通路を降りて、律の隣の席に腰を下ろした。画面の中の自分が、ちょうどクライマックスのモノローグに入るところだった。
「うん」
「次の舞台で直す?」
「直す」
律は短くうなずいて、画面を進める。客席の半分の照明が、二人の手元だけ柔らかく照らしている。
舞台で見上げた客席は、いつも黒い穴のようにしか見えない。けれどここに座ってみると、こんなに椅子があり、こんなに細かい埃が舞っていて、こんなに静かなのだった。
律がまた画面を戻す。同じ場面を、三度目。透にはない癖だった。自分の芝居を何度も見返すということを、透はしない。
「それ、楽しい?」
律の指が止まった。画面の中で、透のモノローグが終わる。律はそれを止めて、ノートパソコンを閉じた。
「最近のお前、舞台でもそうじゃなくてもあんまり変わらないから、楽しいかどうかは、わからない」
それきり律は黙って、立ち上がった。律の背中が、通路を上がっていく。返事ができないまま、透は客席の半灯のなかで、しばらくひとりで座っていた。