仕事から帰ると、冷蔵庫の中身が入れ替わっていた。
醤油が新しくなっている。律がいつも使う、ラベルの赤い方。卵は残り二個だったはずが十個になっている。麦茶のパックも補充されていた。律が夏でなくても麦茶を飲むことを、透は知っている。
玄関の鍵が回って、透が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり。買い物してくれたんだな」
「うん。醤油なくなりそうだったから」
なくなりそうだった。たしかになくなりそうだった。液面が残り三センチほどだったのを、透はいつ見たのだろう。見ること自体はおかしくない。一緒に住んでいれば、調味料の減りに気づくのはふつうのことだ。
律は透のために何かを買い置きしたことがあっただろうか、と考えて、思い当たらなかった。透の好きな銘柄のビールすら、すぐには出てこない。明日、帰りに何か買って帰ろう、と思った。何を、はまだ出てこなかった。
透は靴を脱ぎながら笑った。買い物袋をキッチンのカウンターに置いて、冷蔵庫の前にまだ座っている律を見て、ん、と首をかしげる。
「どうした」
「いや。いつもありがとうな」
「別に」
別に、と透は言う。別に、で済んでしまうのが、律にはすこし苦しかった。透がやってくれることに、律は何も返せていない気がする。返せていないのに、透はそれを気にしていない。気にしていないことが、また苦しい。
夕飯は透が作った。律の分の皿は、律がいつも座る側に、いつもの向きで置かれている。
うまい、と律は言った。透は、そう、と返した。それだけのやりとりが、なぜかいつもより長く律の中に残った。