実家に戻ってきて、三ヶ月になる。
巣鴨の駅から徒歩で十分、路地の奥に祖父の代からの家がある。父が継いだ家業は、古い土地を貸して回していくだけの仕事で、毎日決まって出ていく場所もない。透は朝起きて、庭に出て、植木に水をやる。それくらいしかすることがない。SNSはやめた。台本も、しばらく届かない。
近所のお年寄りが、ときどき頼みごとを持ってくる。電球の交換だとか、買い物の運搬だとか、そういうのを引き受けて、戻ってきて、また庭に出る。芝居をしていたころより、声を出していない。
土曜の午後、律が来た。
事前の連絡もなく、玄関の引き戸の前に立っていた。透がそれを開けると、律は手みやげを持つでもなく、ただ立っていた。
「上がる?」
訊くと、律は短く首を振った。
「庭、見せて」
奥に通すと、律は縁側からじかに庭に下りて、植木の前に屈み込んだ。父が仕立てた古い松が、ここしばらく形が崩れている。透も気にはなっていたが、手を入れる勇気がなかった。律は鋏を貸してくれと言って、しばらく無言で枝を選び、ぱちりぱちりと音を立てた。
透は縁側に座って、それを見ていた。
律の手元は、舞台の上で動くときと、あまり変わらない。指の選び方、力の抜き方、迷わない目。透は、ああ、律はこっち側でもこうなのだな、と思った。思ったあとで、こっち側、と自分が言ったことに、すこしひっかかる。こっち側もそっち側もないはずなのに、いまの自分には、あるように感じる。
「律」
呼んだが、律は手を止めなかった。
「おれ、いま、芝居してないんだけど」
そう言ったのは、律に答えてほしかったからではなかった。自分で確かめたかった。律はやはり、答えなかった。鋏が、すこしだけ大きい音を立てた。
夕方になって、律は鋏を返し、縁側で水を一杯だけ飲んで、帰っていった。何の話もしなかった。
律が帰ったあとで、透は仕立て直された松を、しばらく眺めた。崩れていた輪郭が、ほんの少しだけ立ち上がっている。けれど、まだ完成しているわけではない。途中で帰った、ということに、透はなにかを察しかけて、けれど察しきれないまま、夜になった。
縁側の戸を閉めるとき、路地の奥のほうから、近所のお年寄りの声がした。透くん、明日、また電球お願いね、と言っている。透は、はい、と返事をした。返事が、誰の声だったのか、わからないまま。