夜中の二時、台所の電気が点く音で透は目を覚ました。律がカップ麺をすする音は、十年以上聞いていても、透の耳が先にさがしてしまう。湯気の匂いが、寝室の枕までうっすら届く。
透はベッドを出て、台所をのぞきにいく。
「明日、ちゃんとしたもの作るよ」
透が言うと、律は箸を止めずに、ふうん、と返す。
「鶏出汁とってあるから、雑炊にできる。胃にやさしいやつ」
「いいよ別に」
「ちゃんと食わないと、また喉やるだろ」
律が顔を上げる。湯気越しに見る律の目は、いつも少し濡れているように見える。
「お前、それ、誰に言ってる?」
「え」
「俺に言ってんのか? それとも、お前の中の《ちゃんとした彼氏》様が、俺役の何かに言ってんのか?」
意味がわからなかった。意味がわからない、ということ自体が律にとっては答えなのだろうが、透にはそこまでは見えない。律はもう一度カップに目を戻し、麺をすする。
透は台所の入り口に立ったまま、しばらく動けなかった。律のカップ麺の湯気が、電球のまわりで揺れている。揺れている湯気を見ているうちに、ようやく透の肩から力が抜ける。律はカップ麺を食べたいから食べているのであって、それ以上でもそれ以下でもない。それで、いい。
「明日でいいなら、雑炊作るから」
透は言う。律は答えない。答えなかった、ということを、透は承諾とほとんど同じものとして受け取る。
寝室に戻って、もう一度ベッドに入る。湯気の残り香が、まだ少し布団の中にもいる。
なんで律はああいう言い方をするんだろう、と思いながら、透は目を閉じる。《ちゃんとした彼氏》という言葉が、頭のどこかで小さく光って、それから消えていく。消えるのを待ってから、透は眠った。