本人たちが見てるかもなのに失礼すぎる
鹿野くんの幼馴染で、去年音楽誌で対談もしてました
新規だから全然知らなかった😭
掘ったら幼少期のツーショまで出てきて沼深すぎて怖い捗る…
関係者席に要いるの割と有名な話だと思ってたらバズっててびっくり
ファンがそういう目で見るの負担でしょ
鹿野くんもうれしいだろうなあ
そうなんです、仲良しの二人なんです
幼少期から一緒にいる2人を見てるこっちが幸せすぎる
楽屋の廊下は、本番が終わったあとのほうがうるさい。
スタッフが機材を運ぶ音、どこかの部屋から漏れる笑い声、ケースの車輪がコンクリートの上を転がる音――それが重なって反響している。朝倉要はその中を、関係者通路を抜けて歩いていた。
会場は毎回違うのに、こういう通路の空気はどこも同じだ。コンクリートの壁、蛍光灯、養生テープが剥がれかけた床。鹿野の楽屋がどこかは聞かなくてもわかる。五人の部屋は広めに取られるから、奥のほうだ。ドアの前にスタッフがひとり立っている。
朝倉の顔を見て、スタッフが小さく頭を下げた。何度も来ているから、覚えられている。
ドアを開ける。
「おつかれ」
鹿野がタオルを首にかけたまま振り返った。衣装のままで、メイクも落としていない。汗で前髪が額に貼りついている。
「あ、要。来てくれたんだ。ありがとう」
いつもより丁寧だな、と思った。普段は「おー」くらいのもので、ありがとうが出てくるのは珍しい。
「うん」
とだけ返す。頼まれて来ているわけではないから、礼を言われても反応に困る。鹿野のライブがある日に自分のスケジュールが空いていれば行く。ずっとそうしてきた。感謝されるようなことではない。
鹿野はメイク落としを手に取りながら、鏡越しに「腹減んない?」と言った。
「減った」
「だよね。なんか食べたい。ラーメンとか」
「ラーメン」
「だめかな」
「だめだろ。お互いに」
鹿野が鏡の中で笑った。クレンジングシートで目元をぬぐっている。アイラインが少しにじんで、目の下に黒い線が残っている。
「だよな。お互いにな」
お互いに、というのは本当にそうで、朝倉にも朝倉の現場があり、体型管理がある。同業だから言い訳が通じない。通じないぶん、話が早い。
「ツアー終わったらどっかうまいラーメン屋行こう」
「いいね。どこがいい」
「まだわかんない。探す」
「要が探すと遠いとこばっか出てくるんだよな」
「うまいとこは遠い」
「それ要の趣味でしょ」
こういう会話を何年やっているのかもう覚えていない。中学からだとすると十年以上になるが、数えたところで何かが変わるわけでもない。
鹿野がメイクを落として着替えている間、朝倉はパイプ椅子に座ってスマホを見ていた。タイムラインが流れている。今日のライブの感想がいくつか目に入った。そういう時期だ。
ドアが開いて、メンバーがひとり顔を出した。着替え終わったらしく、私服にキャップを被っている。「鹿野ー、先出るわ――あ、朝倉くん。おつかれさまです」
「おつかれさまです」
立ち上がって軽く頭を下げたとき、メンバーの視線が朝倉の左手首で止まった。
「あれ、それ――俺らのと同じやつ?」
シンプルなシルバーのバングル。表面に細い溝が一本入っている。
「ああ、うん。鹿野にもらった」
「えっ、そうなの? つけてんだ」
少し気まずそうな顔をしていた。自分がつけていないことを思い出したのかもしれない。「いや俺もね、大事にしまってはあるんだけど……」と言いかけたところで、奥から鹿野が「聞こえてるぞー」と笑った。メンバーが「ごめんって!」と手を合わせて、おつかれ、と去っていった。
鹿野がこのバングルをくれたのは去年の誕生日だ。メンバー全員と朝倉に、同じものを買ってくれた。インスタには「だいじなひとたちにプレゼントしました!」と書いて、バングルの接写を一枚載せていた。「たち」と複数形で書いたのは鹿野の律儀さだったが、写真がバングル単体のアップだったから、誰に何個あげたかはあの投稿からはわからない。
朝倉はもらった翌日からつけている。外す理由がないからつけている。
鹿野が荷物をまとめている間に、朝倉はもう一度タイムラインを開いた。見覚えのあるサムネイルが流れてきた。去年のバラエティの切り抜きだ。
知っている場面だった。放送で見た。
バングルをあげた直後の収録だったはずだ。MCに「最近なにかありました?」と振られた鹿野が、嬉しそうに手首を見せながら「おそろいのバングルを作って、だいじなひとたちにプレゼントしたんです」と言った場面。スタジオのモニターに、メンバー五人が手首を並べて撮った写真が映った。MCが「えー!いいね!」と言い、鹿野が「みんな喜んでくれて」と目を細めた、あの顔。
写真にはメンバーしか写っていなかった。「だいじなひと」はメンバーのことだと、あの場にいた誰もが思っただろう。
朝倉は動画を閉じた。
あの放送がなぜ今さら切り抜かれて回っているのか、理由は知っている。今日、自分が関係者席にいたところを見られたらしい。見つかった、という言い方をされている。
何を見つけたのだろう、と思った。全部、出ている。探すまでもなく、元からここにある。
「要、行ける?」
鹿野がバッグを肩にかけて立っていた。朝倉はスマホをポケットにしまって立ち上がった。
廊下に出ると、さっきより人が減っていた。搬出口のほうへ並んで歩く。鹿野の歩幅は朝倉より狭いから、意識しなくても朝倉のほうがペースを落とす。ずっとそうだ。合わせているつもりはない。体が覚えている。
「あのさ」
鹿野が言った。朝倉は前を向いたまま「ん?」と返した。
鹿野が少し黙って、それから「――なんでもない」と言った。
「そう」
追わなかった。鹿野が言いかけたことは、たぶんわかっている。タイムラインのことか、関係者席のことか、あるいはメンバーや朝倉に迷惑をかけていないかという、鹿野がときどきする心配のことか。
どれだとしても、朝倉の答えは同じだ。気にしていない。気にする理由がない。
「次も来てくれる?」
鹿野がこれを言うのは毎回ではない。言うときと言わないときがあって、その差が朝倉にはよくわからない。確認する必要のないことを確認するのは鹿野の昔からの癖だ。
「行くけど」
「……うん」
鹿野が少し笑った。安心したような顔をしていた。安心するようなことは何もないのだが、そう言ったところで鹿野が安心をやめるわけでもないので、朝倉は何も言わなかった。
搬出口を出ると、六月の夜の空気が湿っていた。蒸し暑いのに風だけ冷たい。朝倉はポケットに手を入れた。左手首のバングルが袖口の内側に当たって、かちりと小さく鳴った。
家に着いて、シャワーを浴びて、ソファに座ったときにスマホを開いた。
タイムラインはまだせわしなく動いていて。自分たちのことを書いている人がいる。さっきとは違うアカウントが、さっきと同じことを言っている。見つけた、隠していた、お揃いのバングル、だいじなひと。そしてそれに対して、やめろ、配慮しろ、鍵かけろ、と別のアカウントが言い、さらに別のアカウントがそれに噛みついている。
そのどれにも、朝倉が知らないことは書かれていなかった。
去年の対談記事のリンクを貼って「前から公開情報ですよ」と言っている人がいた。正しい。リプライもいいねもほとんどついていない。
鹿野からメッセージが来たのは、日付が変わる少し前だった。
「今日ほんとにありがとう」
「おつかれ」
「ツアー終わったらラーメン行こうね」
「うまいとこ探しとく」
「遠いとこはやだよ」
「うまいとこは遠い」
「前も聞いた」
朝倉はスマホをテーブルに置いた。
明日もバングルをつけて、来月もライブに行って、ツアーが終わったらラーメンを食べる。
全部、前から言っていることだ。