2026.05.05

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完結

786文字 約1分

凪が住んでいるのは、世田谷の路地に面した木造二階の二階で、夜になるとどこかの家のテレビの音と鈴虫の鳴き声がほぼ同じ音量で窓の外から入ってくる。九月の終わり。凪は流しの前に立って、コップに水を注いでいた。

晃が住んでいるのは、千葉のニュータウンの十二階で、夜になるとベランダの外には何もないのに風だけがきれいに通り抜けていく。同じ九月の終わり。晃は冷蔵庫の前に立って、ボトルからグラスに直接水を注いでいた。

二人はまだ互いを知らない。互いの名前も、声も、肩の高さも、ネクタイを緩めない癖も、シーツを顎で挟む癖も、何も知らない。半年後に出会う。出会ってからは、もう離れない。けれど今はまだ、九月の終わりの、ただの夜だった。

凪は水を半分ほど飲んで、コップをシンクの縁に置いた。残った水の表面に、台所の蛍光灯が映って、丸く揺れた。揺れが収まる前に、凪は理由もなく、首を斜めに傾けた。

同じ夜、晃も水を半分ほど飲んで、グラスをカウンターに置いた。残った水の表面に、キッチンのダウンライトが映って、丸く揺れた。揺れが収まる前に、晃も理由もなく、首を斜めに傾けた。

二人の傾きの角度は、どちらが見ていたわけでもないのに、同じだった。同じであることを知る人は、この夜にはいない。たぶん、ずっといない。

凪が灯りを消す。晃が灯りを消す。窓の外の月の高さが、たまたま同じだった。たまたま、というのは、後から二人のうちのどちらかが思い出したときに使う言葉で、今夜はまだ誰もそれを口にしていない。

位相がずれていれば、二人は二度と会わなかったかもしれない。けれど位相は合っていて、半年後の冬の朝に、二人は同じ駅の同じ改札で、同じ角度に首を傾けたまま、すれ違って、もう一度振り返る。

それは、半年後の話。今夜はまだ、別々の部屋の、別々の暗闇だった。

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