午後二時、屋上。三月の終わりの光が白すぎて、隣の棟の輪郭が全部ハレーションを起こしている。共用の物干し場には他に誰もいない。凪はフェンスに肘をついて目を細めた。細めても眩しい。眩しいのは、たぶん光のせいだけではない。
晃は隣で、乾いたシーツを黙って畳んでいる。両端を持ち上げて顎で挟み、半分、また半分と折っていく。畳み終えたぶんを足元のかごに重ねていく指が速い。一秒でも止めたら何かが崩れるみたいに、晃の手は一定の速度で動き続ける。
かごは近所のスーパーが潰れる前に売っていたオリジナルの買い物かごで、これを使うと会計が一割引になるからと晃が買ってきたものだった。スーパーは半年で潰れた。詐欺だな、と凪が言うと、晃は転生したからいい、と短く返した。あれからかごは洗濯物しか運んでいない。あいつは家事を仕事のように片づける、と凪は前から思っている。仕事じゃないものを仕事にすることで、凪を視界の端に置いておく方法を、晃はずっと前に覚えてしまった。
「ルクスって知ってる?」
晃は手を止めない。返事もしない。凪は構わず続けた。ラテン語で《光》って意味なんだけど、《豪華》って語の語源にもなったらしいよ。luxuryのluxと、照度のlxは同じ語。
それで、と晃が短く返す。それで、と凪は鸚鵡返しに繰り返して、それ以上は続けなかった。続けなくても伝わってしまう相手にだけ、人は意味のないことを言う。意味を投げて、相手の白い手が一瞬だけ止まるのを見て、ああ届いた、と確認する。届いたぶんだけ、自分は薄まる。
シーツの端が風で煽られる。晃が腕の内側で押さえ直して、また半分に折った。シーツが二枚、シャツが二枚、タオルが三枚。数えなくても凪にはわかっている。三年同じ家に住むと、洗濯物の枚数まで体に入る。
「凪さあ」
晃が初めて凪のほうを見た。逆光で表情がよく見えない。光の中に輪郭だけがあって、目のあたりは白く飛んでいる。そういう、ぜんぶ知ってる、みたいな喋り方、やめてくれない、と晃は言った。
凪は笑った。笑うつもりで笑ったのではなく、肺のあたりがひくっと動いて、結果として笑いになった。やめないよ、と凪は答える。だってお前、と続けかけて、続けなかった。続けたら晃は今度こそ手を止める。止めて、シーツの一枚を持ったまま、また何も言わなくなる。それを凪は見たくない。見たくないと思っている時点で、もう遅いことは知っている。
光がもう一段強くなって、白がいよいよ白に飛ぶ。畳み終わったシーツの山の上に、晃が手のひらを置いた。乗せただけで、押さえてはいない。凪はその手を見ない。見ないために、空の一番明るいところを選んで目を上げた。
豪華、と凪は心の中だけで呟いた。光のことを、人はそう呼んだ時代があった。